http://amrita.s14.xrea.com/d/?date=20050411
この文章にちょっと触発されたので

山本七平さんは全然知らない。
が、日本人が無宗教という宗教を信じている事は
僕自身、そう考えているし、うなずける。
自分自身が自分自身を日本人だと思えないのも
その宗教観が少しずれているからだしね。

僕は「人は不完全である」という信仰を持っている。
絶対的なものは「神様」であって「人」ではないと。


以前にも書いているが
僕は「人はわかりあえない」と思っている。
完全に相手のことが分かるのは神様だけ。
故に人同士分かり合おうとする意思がなければ
分かり合うというのはハナからむちゃなのである。
完全に相手を分かるというのは不可能で
不理解、無理解、理解できないは、当たり前。
ただ「わかりあおう」という意思が
その割合を下げてくれる。
ゆえに分かり合おうとする意思が大切だと思っている。


日本人的価値観で
「同じ人間だから分かりあえる」と言うが
対話する相手は当然別人であり
違う育ち方、違う経験、違う価値観を持った全然別な人である。
知らず知らずのうちに
「We」を持ち出しているのは
「人類みな兄弟」とか言っている日本人の宗教観だと思う。
書いていて思ったけど
言葉どおりに受け取ってはいけない暗喩?


分かりあえると信じている日本人の価値観はすばらしいと思う。



無宗教を深く知る必要性がある人は限られていると思う。
平等であることと皆が同じことをすることば別物だし。


一応だけど、
他人の価値観に変換する前の
生の言葉、それは僕の中でのみ正しい。