個人的なメモ

何かをデザインする際
リズム、間
イデア、ゴール
技術
というのはとても大切だと思う。

中身がスカスカであれば
アウトラインが良くても
やっぱり僕はスカスカに感じる。
それを差して“それっぽい”モノと僕はよんでいる。

新しい何かを創造するのはとてもパワーがいる。
”それっぽいモノ”になるのは簡単だ。金にもなる。

ただ、僕は“それっぽいモノ”は軽蔑する。



僕が今少ない知識や経験で感じているのは
アジアとヨーロッパは文化が異なっていると思う

欧に感じる“それ”は
原始の大地から作られるような創造である
アジア的創造は作られた何かを使っての創造である

主観的か?
客観的か?
の違いでもある。

主観的に見るとは、自分の経験、知識、感動とかの感情移入して
初めて輝き出す。
だから実際に作品を手元に置き
体験しないとわからないのである。
インターネットではわからないのである。


客観的に見るとは、それが一般的にどういう事かの
分解から生まれてくる答えだ。

先日「ハウルの動く城」を見たが
日本的だなぁと思ったのは
映画があくまで「自分とは別世界の話」として
アニメーションが作られているという事だ。
ちなみハウルの動く城
人の心を丹念に丁寧に描いていて秀逸な作品だと思います。


主観的に創造するのと
客観的に創造する事の是非や優劣ではなく
これが文化の違いだと思う。


ただ、日本に主観的な創造がないか?というとそれも違う。
日本には日本の主観的なモノがある。自分の思う最大の現れは心だと思う。

知っている人もいれば、知らない人もいる。
まぁ、人生1000ヶ月でできる事や体験できる事
なんてたかが知れている。
故に知識だけで済ます方が簡単ちゃあ、カンタンだし、
時間のない世の中、インスタントの方が良いというのもわかる。
ただ、ちょっと、さびしい。

自分はその道を歩きつづけられるか時々不安になる。
故に文章にしてみた。